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2019.09.20スタッフ日記

秋晴れ

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                              撮影者:ブログ作成担当者

 
 ✐こんにちは、日に日に朝晩の気温が下がってきて、秋を実感します。本日の空はとても美しい秋晴れでした。そんな9月20日金曜日、本日の学習支援室スタッフ日記は、昨日9月19日に関する話題です。


 昨日9月19日木曜日は、名字の日という記念日でした。名字に記念日なんてあるのか?と感じた方もいらっしゃると思うので、ここで「名字」というものの成り立ちを説明したいと思います。


 もともと名字とは、平安時代の中期以降にできたものとされており、その時代の身分などによって違いますが、家名や居住地・領地の名前などをもとにしてお互いの区別を付けやすくしたり、自分たちの領地を明確のするために名乗られたことが始まりです。それ以前は「氏(うじ)」と呼ばれる大きな血縁集団を、「姓(かばね)」という古代の大王家が氏族に与えた称号のよって区別していましたが、時代を経るうちに氏姓制度が形骸化していき、母数が大きくなりすぎたため、お互いを区別するために生まれました。鎌倉時代には、名字は公家(貴族)や武士などの特権だと認識され始めたため、幕府も農民の名字を禁止しますが、その後の室町時代には農民の一揆を始めとする下剋上(げこくうじょう)が相次ぎ、幕府の力が弱体化したことで、農民も武士に対して影響力をもつようになっていき、幕府が農民の名字を禁止する政策は失敗に終わることになります。しかし安土桃山時代になると天下統一を果たした豊臣秀吉が兵農分離を進め、再び幕府の影響力が強まり、庶民は苗字を公称することを自粛するようになります。江戸時代でも「名字帯刀」に知られるように名字が身分の象徴とされ、非公式に使われてはいたものの、公の場ではまだ名乗ることはできませんでした。(ここで箸休め程度ですが、あの有名な武将織田信長は、平朝臣織田三郎信長(たいらのあそんおださぶろうのぶなが)というとても長い正式な名前を持っていました。このころは公家や武士は出世するほど名前が長くなったためです。今で考えると、正式な名前を記入するだけでも秒針が何周かしそうですね。)しかし幕末に明治維新がおこり、明治政府が1870年に出した「平民苗字許可令」によって平民が苗字を名乗ることが許され、1875年の「苗字必称義務令」によって自分の苗字を名乗ることは人々の義務となりました。江戸時代からの苗字を使う人もいれば、寺の住職などに名付けてもらう人、自分で新しく考えた人もおり、どんな名字にするかも地名や地形・風景、方位・位置関係、職業、藤原家由来のものなど様々だったようです。名字に関する研究は、まだ解明されていないものも多くあり、研究者から多くの辞書・著書が出版されているそうなので、興味がある方は読んでみるのも面白そうですね。
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 今日は歴史的な内容を書き、少し難しい内容になってしまったので、最後に現在日本で使われているとても珍しく人気さも持つ苗字をいくつか紹介しようと思います。
1,榮倉(えいくら)...蔵が栄える、の意。芸能人の榮倉奈々さんが有名。
2,雲母(きらら)...きらきら光る鉱物、きらら(うんも)の産地に多い苗字。
3,獅子王(ししおう)...滋賀県の伝統的な苗字。

 調べてみると、このほかにも珍しい・かっこいい苗字が数多くありました。みなさんもぜひ調べてみてください。自分の名字の由来などもたどってみると楽しいかもしれません。(ちなみに筆者は、全国におよそ6000人いる名字でした。日本国民の20000分の1だと思うと、珍しい気がしてきます。)


 それでは本日はこの辺で終わりにしたいと思います。以上、9月19日「名字記念日」について、でした✏

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